この時は、青春の音楽家フランツ・シューベルトの音楽を基調にしたリサイタルでした。
  いつでも最善の演奏をしなければいけない演奏者は、本当はそんなことを言ってはいけないのかも知れませんが、この回は、私にとって、今までで一番演奏の出来栄えが良かったリサイタルだったのではないかと思っています。後日の評価もよく、海外から来日の巨匠であれ誰であれ、全面的に人を誉めることをみたことのない、ある批評家の人が、雑誌でほぼ全面的に賞賛してくれ、「感動的なリサイタルだった」と結んで下さったことも、大いなる喜びでした。
  また、私の音楽の同志といってもいい、フルートの平田公弘さんに登場していただき、シューベルトの大曲を2曲演奏しました。そのなかで、フルーティストにとっても、ピアニストにとっても難曲中の難曲といわれる「萎める花の主題による変奏曲」にチャレンジしました。ギター用の編曲は、私が致しましたが、ピアノの原曲に対してほとんど根本的な変更は加えずに、そのまま弾くような形にしました。私たちにとってそれは、下手をすると岩場からまっさかさまに転落しかねないエベレスト登攀にも似たことだったのですが、見事に山頂に降り立つことが出来たのではないかと思っています。著作権の問題もないので、私のパソコン技術が向上したら、録音状態はよくないのですが、配信したいと思います。
  時間の関係で、全楽章は弾けなかったのが残念ですが、「王宮の冬の音楽」という、最も自分の心を素直に表現できる曲目と、チャイコフスキーやロドリーゴ、グランソロなど、エンターテイン性のある曲を、適宜配置したことなど、プログラミングの面でも成功だったと思います。
  また、プログラム解説は、日頃から私の活動をよく理解し、支持して下さる、高橋望さんに書いていただきました。高橋さんは、ギタリストで、旺盛な批判精神にあふれ、真摯な文章を書かれる批評家でもあります。

    プログラム
ギターソロ
 
 組曲「くるみ割り人形」より                        P.I.チャイコフスキー(スパークス編)
    花のワルツ/葦笛の踊り

 「6つの歌曲」より                              F.シューベルト(メルツ編)
    愛の使い/セレナーデ/郵便馬車

 3つの小品                                  J.ロドリーゴ
    ファンダンゴ/パッサカリア/サパテアード

 「王宮の冬の音楽」より                           H.W.ヘンツェ
    グロスター

 グランソロ                                   F.ソル

 「楽興の時」より                                F.シューベルト(リースケ編)
    第3番/第6番

フルート & ギターデュオ

 「萎める花の主題による変奏曲」                      F.シューベルト(石村編)

 アルペジォーネソナタ                             F.シューベルト(西垣編)

      フルート演奏:平田公弘


   曲目解説                           高橋 望

◆花のワルツ,葦笛の踊り
  クリスマスの夜をメルヘンチックに描いたピョートル・イリイチ・チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」を、アメリカのギタリスト、ティモシー・スパークスがギター一本のために編曲した。当夜はハープの長い前奏を経て開始される優美な《花のワルツ》、フルートの旋律が愛らしい《葦笛の踊り》の2曲が演奏される。
◆愛の使い,セレナーデ,郵便馬車
  
「歌曲の王」フランツ・シューベルトとギターの関係は古くからロマンティックに語られ、演奏会用のギター作品こそ存在しないものの、その詩的でデリケートな音楽をギターで響かせようとの試みはしばしば行われてきた。シューベルトと同時代のギタリスト、ヨハン・カスパル・メルツによる編曲はその代表的なもので、ここでは歌曲集「白鳥の歌」「冬の旅」からの3曲が選ばれた。それぞれ、恋人への切々たる想いを小川のせせらぎ、夜の窓辺、郵便馬車の到着を告げるラッパの音に託している。
◆愛の歌
  メルツはギター凋落期のロマン派の時代に活躍した名手で、華やかな技巧を駆使した作品も残したが、この曲では、穏やかなアルペジオに乗った愛の旋律が静かに綴られる。同国ハンガリーの大作曲家フランツ・リストの「愛の夢」のギター版ともいうべき小品。
◆ファンダンゴ,パッサカリア,サパテアード
  
ホアキン・ロドリーゴは「アランフェス協奏曲」でその名を不動とする現役最長老の作曲家。《ファンダンゴ》は粋で男性的な足どりのスペインの舞曲。後半は技巧的には目覚しい。《パッサカリア》は重々しい低音主題の上に展開する変奏曲で、最後は短いフーガで閉じられる。《サパテアード》は靴音の踊りを意味し、途中に挟まれる急速な下降音階は、やはり奏者にとってテクニックの見せどころとなっている。
◆王宮の冬の音楽〜グロスター
   現代音楽の大家ハンス・ウェルナー・ヘンツェが1976年に書き下ろした作品で、全曲はシェイクスピア劇の人物をタイトルとした6楽章、30分を要する大作である。グロスターは戯曲「リチャード3世」に登場し、我らが不満の冬…なるモノローグを語る。この曲も、突然の強音やひそやかな不協和音に、20世紀社会の混迷に生きる現代人の悲痛な独白を聴くことができる。最後は激しい打撃音の連続で劇的な効果をもって締めくくられる。
◆グランソロ
   
項メルツノ少し前、ベートーヴェンと同時期に活躍したギタリスト、フェルナンド・ソルの代表作。荘厳な序奏と軽快なアレグロからなる、オーケストラ的効果をもった華麗な一楽章のソナタである。この時代ギターは盛んに人々に愛好され、多くの名手が輩出したが、オペラや交響曲も創作したソルはその中の最高峰とされる。
◆楽興の時〜第3番,第6番
   シューベルトは21曲のソナタから、短いワルツや舞曲まで大小さまざまのピアノ作品を創作したが6曲の《楽興の時》は、愛らしい小品として親しまれている。ドイツのギタリスト、ヴィルフィン・リースケがギター用に編曲した4曲のうち、時を刻むような前奏の《第3番》は、シューベルトのピアノ曲では最もよく知られた可憐な小曲。《第6番》は、協会風の清らかな和音の連なりが、合唱曲のような響きを生んでいる。
◆「萎める花」による変奏曲ホ短調
   フルートとギターは互いの音色を損なわない相性の良さから、盛んにアンサンブルが組まれている。この作品はピアノ五重奏「ます」などと同じく、シューベルトが自作の歌曲に基づいて作曲した変奏曲で、フルートとピアノのための原作を奏者石村 洋がギター伴奏用に編曲した。序奏に続く主題は、歌曲集「美しき水車小屋の娘」の第18曲めにおかれた、恋のあきらめを歌った悲しい旋律だが、以下7つのへんそうには両楽器のテクニックを凝らした生き生きしたやりとりが繰り広げられていく。
◆アルペジォーネ・ソナタ
   アルペジォーネ・ソナタはシューベルトの時代に、シュタウファーという人が考案したチェロとギターを併せたような楽器で、後世には伝わらず作品もこの曲一曲が残さおみである。現在では主にチェロとピアノで演奏されるが、和音の響きがギターの調弦に合致しているところから、より柔らかな美しさを求めてフルートとギターの二重奏で取り上げられることも多い。ここでは関西在住のギタリスト西垣正信の編曲が使用されている。おごそかなギターの前奏の後、甘美な旋律に始まるソナタ形式の第1楽章、高潔なドイツリートの静けさを思わせる第2楽章、喜びに満ちた第3楽章からなり、幾分の野趣を帯びた民族的快活さの中にも、ドイツロマンの香りを高らかに歌い上げている。


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